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田舎OL・K子のぬるめなブラブラ海外旅行記たまに国内旅行記。念仏のように字が連なっていますが小さい写真はクリックすると大きくなりますヨ!とアピール。旅行記なので記事は古い順で表示されています。たまにフィクションを含みます。|2017-08移転済 |メール
   
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続いてこの手のツアーではド定番もド定番のサンセット鑑賞です。リクエストしてました。
場所は昼間に行ったシュエサンドー・パヤーと言うのが高いのでこれまた定番なのですが、ガイドさんがもっとおススメの場所があるのでそちらに案内しますネ!とのこと。
そのときは名前聞かなかったんだけど、後で調べたところによると「セィンニェ・ニィーマ・パヤー」なのではないかと思われます。ガイドさんおススメの理由としては、

①シュエサンドー・パヤーより平野の奥にあるので視界により多くパヤーが見える
人が少なく静か

……分かってらっしゃる!!
確かにカンボジアでもラオスでもサンセット鑑賞ポイントと言うのは怒涛の人ゴミだったのです。さまざまな国の人々が同じ夕日を眺めると言うのもまた一興なのですが、そりゃあ静かにしんみり眺めるほうがよいに決まっています。

到着したら取り敢えず、時間がないので上へのぼらねば~って事で。
説明などロクに聞くことも無くわらわらと中へ。
ここに殆ど隠し通路くらいの細い暗い階段がありまして。遺跡番のおいちゃんにガイドさんが声をかけ、入り口の柵を開けていただいく。

中は窓とか一切ないのですごく暗い。そしてすごく狭いので、私・ガイドさん・おいちゃんの順にひとりずつ上る。ガイドさんの持つ懐中電灯の明かりを頼りに上ります。
この通路があったことと、大体の場所と、それから歩き方に出ていた姉妹寺院の写真などを見て、セィンニェ・ニィーマ・パヤーなのではないかと思ったのです。もし違ってたらすみません。

さて暗い階段をちまちま進み、中ほどで方向が変わるとぽっかり出口の明かりが。

面白いので記念撮影もする。
 
外に出ました。この外と言うのが、そもそも人が上がることを考慮してない造りっぽくて屋根!って感じで、飾り程度の縁とか手摺りも無い場所があって結構怖いです。でもそれがちょっと楽しかったりして。
西側のテラスのようになったところへ出ました。     
おお絶景かな絶景かな。……しかし雲が出てるね!

まあともかく日暮れを待ちましょうかと、ちょいちょい(アホい)記念撮影なんかもしたり。

あとはテラスの縁にガイドさんと二人で腰掛けてぽつぽつおしゃべりなどしながら、夕陽は見えなかったけれども、暮れなずむバガンの平野を眺めました。
遺跡番のおいちゃんも見慣れた景色だろうけれど、少し離れた場所で遠くを眺めていました。

ガイドさんが唐突に『長い間』(kiroro)を歌いだすので、「なつかしッ!」「日本の歌手ですよねネ!人気があるんですよネ!」「結構前に流行りました。」「新曲とかは出してないんですか?」「出してるかもしれないけど、あんまり流行ってないので、よく分かりません……。」とか言う会話をして、ガイドさんが軽くショックを受けたり。
(しかし東南アジアでのkiroro人気は堅いな!)

ところで、このパヤーの下に畑と道路がありまして。
畑の傍に止めた自転車の近くでおにーちゃんが何やらせっせと作業をしておりまして。よく見ると、畑で刈った一抱えほどの(推定)牧草を束ねて自転車に積み込もうとしている様子でした。何やらせっせとやってはいるんですけどね。
やってはいるんですけどぜんぜん束ねられない。
たった一抱えの牧草をひとまとめにして自転車の荷台に積み込もうかと、それだけなんですけどね。ぜんぜん終わらない。しばりなおしてみたり、手を止めてみたり……
まあともかく終わらない。
なんだか気になったので、ちょいちょい様子を見ていたんですよね。
どのくらい終わらないかって、私たちがパヤーの上に上がってふと気が付いたときにはにーさんもうそこで牧草を束ねようとしていたのですが、結局、私たちが帰る頃になっても終わってませんでした。少なくとも1時間近くは牧草をしばろうとしていたと思う、あのにーさん。
 
たぶん、牧草をしばるのって農家の人にしたらそんな珍しい作業でも難しい作業でもないし、あれが標準なんだったら相当効率の悪いやり方してると思うけど、そもそもここでは効率の良いやり方を見つける必要もないのかもしれない。
なんだか、あくせく夜中まで働いて最新のデジタルデバイスなんて手にしちゃって時々海外旅行もしたりする私と、そんでそういう生活に憧れてるけど海外旅行にも行けないしパソコンも持てないしでも日の出から日の入りまで日中は暑いからってたっぷりの昼寝休憩も挟んで牧草しばるのに1時間かかっても誰にも責められないような働き方してるにーさんと、どっちが幸せかって言うのはなかなか難しい話だなあと思いました。
あのにーさんがいきなり明日から私と同じくらいには裕福になる代わりに同じように同じくらい働かなければならないとしたらきっと幸せとは思わないだろうし、逆に私がにーさんと同じようにある程度のんびり作業してもいいし昼寝もできる仕事をしてでもにーさんと同じ暮らしぶりしかできなかったら幸せとは思わないだろうし……でもそれぞれ現状に満足してるかって言ったらそうでもないし。
これから、発展して一般市民の生活ぶりも大きく変わっていくであろうミャンマーですけれども、なんつーかこう、私とにーさんの中間のような着地点を見つけられるといいなあと思うのです。あるいはなんかこう新しい着地点のような。
日暮れとともに少し冷たくなった風に当たりながらそんなことを思った次第。しんみり。

で、にーさん、牧草は持って帰れたのだろうか。

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さて遺跡の屋根(?)で、見えないサンセットを鑑賞中の我々です。
(心の眼で見るのだァァァ!……ホント、天候に恵まれない。)

しかしながら、この後に夕食の予定もあるし、暗くなると真剣に足下が危険なのでそろそろ降りることにしました。薄暗くなったパヤーの屋根(?)の上をそろそろと階段へ向かう。

ちょっとつまずいて勢いづいたら下までまっさかさまじゃないかな……。
階段を降りて通路に出て振り返ると、おいちゃんが再び、階段へ続く通路の柵を締め鍵をかけているところでした。遺跡の番人と言う感じです。

さっき上でガイドさんにきいたのですが、やはり多民族国家のミャンマー、民族によるサベツとかもあったりしちゃうそうで。若い人にはあんまり気にしない向きもあるそうですが、年配の方々にはやっぱり根強く残っているそうです。
ここバガンに住む人々もその一部は、その昔、立派なパヤーを作った王族たちがその管理をさせるために異国からつれてきた奴隷に端を発しているそうで、差別の対象になることがあるようです。あからさまに避けるとか嫌がらせあるとかではなくて、
「もし私がバガンの男の人と結婚するって言ったらたぶん両親は反対すると思います」
って感じにガイドさんが分かりやすく説明してくれました。
そもそも好き好んでミャンマーの地にやってきたわけでもなく、とは言え、もうここに定着してから数百年経とうと言うのにそういったことがあるわけで。かといってもう還る地もなくこのバガンと言う土地に縛られているわけですよ。なんだか切ないな~と思いました。
またおいでと笑うおいちゃんを見ていると尚更切なくなってしまったので、いっしょに写真を撮りましょう、と言ってみたり。おいちゃんが言う前に、写真は現像してガイドさんに預けるね!と伝えてもらいました。喜んで貰えたようで良かった。
 
このバガンの人々のことはそれで内戦だなんだとか言うほど物騒な話ではなさそうなのですが、そこまで激しくないからこそ(観光資源という収入源があることも関係していそうだが)、なんだかかえって難しい話なのかなあと思いました。
あからさまに避けたりしないってことは、サベツとかいけないなってみんな分かってるワケですよ。でもいざ、自分の子供が結婚します!とか言うと反対しちゃう。こういう気持ちの根っこみたいなのはなかなか変えられないのかもしれんですね。切ない。
なんかなかったですかね?インドかどっかの人権派の政治家かなんかが自分のムスメが被差別対象と結婚すると言ったら反対しちゃったとかそんなの。エラくふわっとした記憶だな……。

<ここからは旅行時ではなく今の私の思うところ>
私がミャンマーを旅行した2011年6月時点ではまだこの民族を巡る問題はそんなにヤバイ局面でもなかったのですが今は……北部の方は大変ですね。
軍事政権的にも国としてのまとまりは軽視してはいなかったようで「民族みんな仲良く」みたいなプロバガンダは結構見かけました。なんかうまいことまとめらんないけど、こういうことこそ開けた国になりつつあることによって、他の国からいいアドバイスとか受けられるといいですよねって思ったりします。おせっかいな干渉はノーセンキューとして。

スリランカを旅行するときに、スリランカの内戦のことなんかもちょっと調べたんですけど、そのことを思い出します。スリランカでは主に北部をメインに分布するタミル族という少数民族が差別を受けたりして、武装蜂起して内戦になっちゃいました。もともとはエゲレス人様が紅茶栽培の労働力としてインドから連れてきた奴隷だそうです。
流石エゲレス様、これで後々まで遺恨を残すとはやってくれます。
その経緯を見ていると、鶏が先か卵が先かみたいな話ではあるけど、だんだん焦臭い流れになってきたのが先なのかどうなのかはともかくとして、公正なる多数決によりまずタミル族の被選挙権が剥奪されました。これでタミル族の人は国会議員を送り込むことができなくなり。その後、更に公正なる多数決によりタミル族の選挙権が剥奪されました。
……それはもう確かに武装蜂起しちゃうかな……。
って正直思いましたですよ。結果的にここまで来たら他に方法が思いつかんわ。
そう思った人は他にも居たみたいで、日本で当時この反政府勢力(……となるよね多数決的に)をサポートする団体もあったみたいです。
ちなみに、この内戦は政府軍がタミル族を一方的に制圧する形で終わっているので、私はまた再燃する可能性はかなりあるのではと思います。

多民族国家の問題を考えるとき、私たちの属する資本主義・民主主義的な多数決の世界は本当に正義なのか?甚だ疑問に感じるのです。

でも、今の世界の情勢というのは、資本主義・民主主義的なところに属しない国にそれを強要する流れがあるような気がして、それはイスラムと非イスラム的なるものの対立とかとかとも相まってうーん……と……だから、私ごときがちょっと旅行したくらいで何かが分かるわけでも変わるわけでもないけど、遠いと感じるところ=価値観の異なるところ、へ行ってみたくなるのかなあ、とか思います。特にまとまり無いけどそんだけ。

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この後はミャンマー伝統の人形劇を鑑賞しながらの夕食となっています。これまたド定番。
もともとつめこみまくりのスケジュールをどちらかと言うと押し気味にこなしてきたので、それはもうバタバタと移動。バガンにこの人形劇を見せるレストランは幾つかあるようですが、ガイドさんが鼻息も荒く言うには、今回押さえたところには去年の国内の人形使いのコンテストで優勝した人が所属している一流のところらしいです。ほう。
確かにどうせ見るなら一流の技を見たいものである。
でもまああんまりこの手の観光客向け演芸には期待をしていなかったわたくしです。

普通、こういうディナー込みのショーの場合、開場からしばらく飲み食いしてそれから開演って感じだと思うけど、私の場合は席に着いたらすぐ開演したので結構ギリギリだったみたいです。他のテーブルとかはもう宴たけなわ感ありましたね。
ごはんは伝統料理っぽいものの簡単なセットメニューでした。ごはんは普通のとココナッツミルクで炊いたものと選べたので、折角のでココナッツミルクのほう。ほんのりとした香りがあっておいしかったです。でも元気がないのでおかずをあまり食べれずごはんばかり食べました。
バテてたし暗かったので写真は撮っておりません。他のテーブルではなんかデカい海老とかのったバーベキューみたいなのを食しているところもありました。

で、始まった人形劇なんですけど……すっげ!!!!
ひとつの人形をひとりで操るタイプのものでしたが、生きてるみたいに人形が動きます。

改めて写真を見るとそんなに糸の数多くないようなんですけど、可動箇所はかなり多いような印象でした。指先も動いていたような……或いはそう見せる動きなのか。
中央の主役級の人形を操っているのが話題の国内コンテスト優勝のひとらしい。
 話としては「仲良く暮らしていた王様とお后様、しかしお后様が悪い人に攫われてしまったので、王様とお供の人が取り返しに行って、うまいこといってハッピーエンド」みたいな感じだったと思うのだけれど、言葉は分からないので(台詞か歌かはあった筈)、なんかウロ覚えです。
闘いのシーンや踊りのシーンなどアクロバティックでかなり素早い動きがあり、本当に驚きでした。人形に小道具持たせたりもするんだぜ!
 
闘いで攻撃を受けてふっとぶとか、人形が一度舞台からフレームアウトするようなときには、なんか人形遣いの人も回転したりかなり派手な動きをしていました。
人形遣いの人が見える仕様なのはわざとだと思う。心なしかナンバーワンの彼はキリリと客目線をキメているようなところがありました(笑)。
人形から目を離して客席の様子をうかがうような仕草が見られたのは彼だけで(カッコつけだけではなく客の反応を見ていると思われる)、他の人は手元の人形を凝視している感じだったので、やはりそこはナンバーワンの余裕なのかも知れません。
小道具を使うシーンで糸が絡んで道具がうまく離れなくなってしまうハプニングがあったのですが、アドリブで人間としてあり得る範囲で人形にちょっと大げさでコミカルな動きをさせて絡んだ道具を離してポーズを決めてみたり、なんかすごいすごい。
人形が高速で踊ったり戦ったりしているところなどはカメラブレブレでうまく撮れていないし、なんかうまく説明できないんですけど、ホントすごかった~。
どのくらいすごいかと言うと、欧米系のお客さんなどブラボーブラボー言うてスタンディングオベーションしていたくらいでした。こういう表現が豊かなところは見習いたい。

劇が終わった後は音楽隊の一部とナンバーワンの方などが客席を周り、人形と写真を撮りたいひとはいっしょに撮らせてくれました。撮らせて貰ったらチップを渡そうね!
私も撮らせてもらいました。人形がまるで小動物のようにしなやかな動きで寄り添ってくれます。近くで見ると尚更動きが動物的ですげぇ!!
飲み物代の精算などして外に出ると、音楽隊の皆様や人形遣いの皆様がちょっと一服したりしながらお話ししたり、バイクに相乗りして帰ったりしているところでした。
だいたいみなさん、他に昼間の仕事もあるそうです。

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さてゴハンも終わってホテルに戻る。結構遅い時間です。
元気ハツラツとはいかんまでもちょっと回復してきたかな~と思ったその矢先に……き、きたァー!(トイレへ駆け込む。)
もともとそんなにお腹強くないのでよく下すんですが、まあ、それだからこそよく分かる通常営業ではない感じの下し具合。ううむ……

1.落ちてたタマリンド食った
2.にやられた
3.熱中症の一環
4.民家で剥き出し放置のバナナ食った
5.民家で炒ったピーナッツ食った

…………心当たりがあり過ぎる!!!
再びグロッキー。荷物の整理もできずヨボヨボとベッドに倒れこみそのまま落ちました。電気はもちろんエアコンも全開でな!南国のエアコン全開はパネェですよ!?

そして、最終日の朝、冷え切った身体で朦朧とした意識で目を覚ます。
よろっよろで起き上がる。今日はまた例いろいろと不安な国内線でヤンゴンに戻るので、割と出発は早いです。
取り敢えずシャワーを浴びねばとよろよろとシャワーを浴びる。取り敢えず熱中症も腹も平気のようだが、もういかんせん体力が戻らないです。よろよろ。よろよろと荷物を整え身支度をするものの、まったくお腹すかないし、どちらかと言うと少しでも休んでいたい感じ。
イワラジ川が見えるオープン席でブッフェの朝食と言う素敵な予定があるにも拘らず!
ガイドさんが朝食の時間デスヨ~と私のコテージまで来てくださったのですが、どうやら無理っぽいです……と欠席。今思うと非常に残念なことをしたと思います。コーヒーだけでも飲むとかさ、すればよかったじゃん?

引き続き身支度を整え、少し休んで時間があったので、部屋の外に少しだけ出てみる。
芝生があり、早朝の爽やかな風が吹き渡る。どこからともなくお花のいい香りが漂ってくる。
ああそらもうこんなところで、雄大な川の流れなど眺めながら朝食を摂るのはさぞかしすてきだったことでしょうなあ……。
年若いまだ子供に見えるボーイさんが、モーニンとか声をかけてくれたので、よれよれと挨拶を返す。朝食は?と聞かれたので、ちょっと食べられないのよと言うようなことをよれよれと返す。これジャスミンの木なんだよ!とかって庭の結構大きな木を示される。
ほう、だからいいにおいがしているのか。言われてみれば白い花がついているし、足元にもいっぱい落ちている。ジャスミンとか結構大きくなるもんだな。
英語が出来ないので黙ってボケッとしていたら、両手を出すように言われたので言われるがまま手を出すと、両手いっぱいにジャスミンの花をくれました。
 
ふぉーゆーだってさ。私に?とか確認しつつ、有難うと返すと、バイバイって行ってしまいました。彼は地面に落ちた花からきれいなものをより分けて拾っていたようなので、本当はホテルで飾りとかに使うのだったのかもしれない。
体調不良でヨレヨレなんですけど、なんだか心がホンワカしたですよ……いいにおい。両手いっぱいのジャスミンの花、プライスレス。みたいな。←安っぽい表現だな!

しかし、このとき少年はちょっとした階段の下におり、私はその上におりまして。階段の下から私を見上げつつお花をくれる少年とかって、私が若くもっと美人ならなんかちょっと絵本か映画のひとこまのような光景になったのではないかなと言うような、ちょっといいお話っぽいでしょ!←自分で言ったら台無し
このお花、どっかで捨てろと言われるだろうな~と思いつつ、ひとつだけ別にして押し花にすべく本に挟み、残りは後でリュックサックの網の部分に入れたんですよね。外側の丸見えの。結局、羽田の税関まで通過しました。私も途中から帰るまで忘れてたんだけど、うーんアバウト。

時間になりましたのでバゲージダウンをお願いして(なあなあ平屋のコテージでもバゲージダウンでいいの?通じたけど。)、ロビー棟でガイドさんと合流。
いろいろ心残りはありますが、帰国の為にヤンゴンに向かいます。
細かいことですが、私はどうやらこのホテルに京都で買ったご愛用の柘植櫛を忘れていったようです。ミャンマー旅行以降見かけてないんですよ、無念。

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さて、本日の予定は国内線でヤンゴンへ戻り、ちょっくら市内観光をしていよいよミャンマーとお別れです。短いけど長かったっつーかまあたぶんに長く感じたのは体調のせい……それさえなければもっといたかった。まあ無理だけど。

ホテルから空港へは30分もかからなかったくらいです。2日間お世話になったドライバーさんとも駐車場でいっしょに写真を撮ってチップを渡してお別れ。笑顔の感じが良いなかなかの好青年でありました。彼も私も英語が出来ないのでぜんぜん会話してないですけどね!
私はこういうガイドさんとドライバーさんを頼んで、と言う旅行のときにはチップはあらかじめ用意してポチ袋とかに入れておくデス(途中で増やしてみたりはするけど場合によって)。なんか生現金渡すの未だ慣れない。皆様どうしているのかしら。
女の人とかだと割ときれいな袋とかはよろこんでもらえる印象です。和っぽいのとか。

チェックインの手続きとかはガイドさんがしてくれたのであんまり印象にないですけど、やっぱり行きと同じになんかユルーイ感じで、ホントに荷物とかだいじょうぶ?って思ったけど、考えたら、載せる飛行機間違えても行き先はみんな同じだ(「なんだかアバウトな国内線」参照)。

待合室はヤンゴンの空港よりもだいぶきれいでした。
ヤンゴンも国際線ターミナルはピカピカだったけどね。もしかしなくても国内線ターミナルも今はきれいになってるかな。やはり待合室は圧倒的な外国人率。まあたぶん物価水準からするとかなり高級な移動手段なのだろう。
でも単なる推測だけど、ミャンマー人と外国人とで料金違う気がするんだよね。
①スルーガイドにしてもそんなに旅費は変わらなかった
②外国人の荷物のみプライオリティ扱い
③機内食の軽食は外国人のみ提供されていたっぽい
……という点から。あとは飛行機が落ちたときの保険の金額とか違うのかも。いちばんはそれで、高い運賃貰うんでちょっとサービス良くしときましょうか、ってことかもしんないな~。
まあ、全部推測ですけど。
 
待合室はきれいだけど、やっぱり搭乗開始のお知らせとかはゆるーい感じだったので、うっかりすると乗り過ごしそうな感じはありました。 
 
今度の機材はちゃんとエアカントゥーザのペイントでした。側面はシンプルにKBZのロゴ、尾翼のマークがなんか格好が良い。確か仲の良い夫婦の神様をモチーフにしているとかそんなふうに聞きました。間違ってたらゴメンナサイ、いかんせんこの旅行、メモを何にも残していない。
ドキドキのプロペラ機だけれども、そう揺れることもなく順調に。

途中でヘイホー経由。(ここで落ちたのか、飛行機……。
ヤンゴンまで行く人やマンダレーまで行く人も普通に降りていっちゃいます。なので私も降りてみた。高地だということだけれど、確かに寒かった。霧もちょっと出てました。

空港のビルまで行って戻ってくる人もありました。たった30分くらいの間だったんですけど、殆どみんな降りちゃいましたね。給油もしてました。
ヘイホーを出てヤンゴンまでの間に軽食が出ました。

パンとお水とゼリーにご希望のお飲み物。パンは見た目よりかおいしかったです。
行きと違って全部にエアカントゥーザのマーク入り。
と言うか、今書きながら調べたら、airKBZ、カタカナ表記ですとエアカンボーザですやん!!でも私のガイドさん、完全にカントゥーザ言うてたし!!確かにBですけどそんなもんかと思ってましたやん!!そんなワケでここからエアカントゥーザあらためエアカンボーザと表記します。今更ですけど。そして今までのぶんは敢えて直さない!!
 
機内はこんな感じでゆったり。シートは掃除しやすいちょっと高級感ある合成皮革。
乗客が入れ替わるタイミングでCAさんが不織布のシートを外して、なんかシュッシュする抗菌スプレーみたいなのをシートにかけてフキフキしてました。ガイドさん曰く、他のエアラインではここまでやっているのは見ないので、丁寧だな~と言う印象だそう。CAさんは男性もいた。

ところで、なんでairKBZについて今更ググったかと言うと、最近どこかに旅行した折りに、バンコクかシンガポールか忘れちゃったんだけどどっか別の国の空港でこのマークの飛行機を見た気がしたからなのです。
国際線も運航し始めたのか?後で調べてみようっととそのまま忘れていたことを今思い出した次第。でもざっと調べたところだと、一応国際線免許はもってるけど定期便は少なくともないようだ。見間違いだったのかな~。でもな~。もやもや。
でも、ミャンマー国内線も私が行った頃よりずいぶんと充実しているようです。
今度行くことがあれば、行ったこと無いし、マンダレーイン・ヤンゴンアウトとか無駄が無くていいかもしれないなあなどと妄想。

三時間少しかかってようやくヤンゴン到着。最後の市内観光です。

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で、ヤンゴン到着。
出発まで引き続き車をチャーターしているので、一度市内まで出て、事前のリクエスト通り、スーパー立ち寄りと自由に市内を少し散歩させていただくことに。

ガイドさんの会社のビルの近くでなおかつ私の希望するスーパーマーケットに近いパノラマホテルで落として貰って一時間後にまたそこで拾って貰うと言うことで。このホテルは街歩きとかしたいならいいかもです。ロビーの雰囲気は日本のちょっと古い中級ビジネスホテルって感じでした。
スーパーはルビーマートと言うところ。外観とか写真取り忘れたので袋の写真。余談ながらこの袋がなかなか丈夫で、しばらくの間、スーツケースに入ったまま旅行のお供となっていた。
スーパーではチャットしか使えないので、だいたいこんなもんを買いたいと伝えて適当にまた両替して貰いました。荷物出来るから後にすればいいのにまずはスーパーに入る。
すみません、先に言っておくけど店内の写真はありません。
店の中の写真撮るのはヨシとしない向きもあるしまあそれも理解できるしなんかいろいろと面倒なので・・・・・・小さい店なら、お店の人にきいてとるとかできるけどさ。

大きめのビルの一階から三階くらいまでがスーパーになっていて、フロアごとにレジがあって精算する感じ。袋も無料となんとなく日本と同じような印象。
カートで移動できる段のないエスカレーターがあったけど、故障していたのか止まっている箇所があった。故障で止まっていても通行止めにしたりしないで止まったエスカレーターを使って店内移動させるアバウトな感じが良いですね。
一階が食品で、二階が衣類とかで、三階が他生活用品と電器モノとって感じでした。家電とかはちょこっと流してみたくらいだったけど、携帯とかパソコンのコーナーとか独立してちょっとかっこいい雰囲気になっていたのは今っぽいなと思いました。
電器モノは炊飯器とかあるのがやっぱお国柄ね~と思いました。日本製品があったかどうかは覚えていない・・・・・・覚えてないっつーことはなかったのかな。
印象的だったのが、コレ買おうとキッチン用品とか見てたとき。
(東南アジアでよくある例の弁当入れ。)
 弁当箱のコーナーにステンレス水筒とかがあったんだけど、タイガーだの象印だの日本の製品がザックザク!シールとかも日本語のシールが貼ってあったので並行輸入的なアレだと思われるんですけど。お値段も他のモノの倍以上でした。
でも置いてあるってことは需要あるんだろうね~。
ここではなんとなく欲しかった東南アジアっぽい弁当箱とあと↓買いました。

水晶のさざれをしいてアクセサリーを入れてるんですけど、本来は神棚と言うか仏壇的なモノに上げるものだと思う・・・・・・後でガイドさんに見せたら思った通りであった。でもなんかかわいくてつい。ホラ、日本に来た外国人だって意表なモノを気に入ったりするじゃない?これらで5,600チャットとメモしています。600円弱くらいか?
弁当箱は二段は確かにいちばん小さいサイズで、他にもっとたくさん段のあるものや、直径の大きなものがたくさんありました。いちばん直径が小さくて二段のものは3種類くらいあって、悩んで値段がまんなかのにしました。タイ製のようです。

   
続いて一階で。せっけんは深く考えずパッケージがかわいかったので買う。
職場の人のお土産にしました。でも実はマレーシア製だったんだけどね!
なんだろう、なんかハーブとかじゃないんだけど、「せっけんの香り」がすごく強いせっけんでした。泡立ちも良く使い心地抜群。後日、2013年にマレーシアへ言ったときに見つけたら買おうと持ってたのに見つけられなかった・・・・・・。
小さい小袋にコーヒーと砂糖とフレッシュが一回分ずつ一度に入っている3in1のコーヒーは海外旅行で見かけたら必ず買ってます。一度買って祖父母に大変好評だったので。
日本でも売ったら年寄りとかひとり暮らしとか売れると思うよう。コーヒーだけ、コーヒーとフレッシュだけ、コーヒーとフレッシュと砂糖、と3種類大体用意されています。
あと、お食事のときとかに出た「中国茶のようなお茶」が気に入ったので、ミャンマーの丸い文字が書いてある外国製では無さそうなお茶を幾つか買ってみる。結果的に思った通りのものでした。すごくおいしいわけでもないんだけど、お食事のときとかに飲みやすいお茶。
あと缶ビールを銘柄違いで二つほど。旅行中にあまり飲めなかったのが残念。

そして特筆すべきは右上のあめちゃん
日本製品はミャンマーでも人気らしく、日本製品ぶろうとしているのが微笑ましいお菓子などをいくつか見かけたのですがこれは・・・・・・アップにしてみましょう。
 
え・・・・・・どっち!?

マンゴーなのかパイナップルなのかマンゴーなのかハッキリしてください!
思わず正解を確認するためかごに入れてしまいました。
どういう経緯でこんな間違いになったのか気になります。ミャンマー製品だったらまだ許せそうな気がしますが、これはタイの製品でした。タイだったら!日本人もたくさんいるじゃない!!それにしても豪快な間違いだ・・・・・・。(あ、正解はマンゴー味でした。)

生鮮食品なども扱っている一階のレジは流石に列が出来ていました。
でもこれがちょっと変わっていて、たくさん買っている主婦とかは列に並ぶんですけど、買い忘れとかちょこっとひとつだけとか買っている人は並ばないで割り込むの。でもそれが普通みたい。むしろ並んでいる人がちょっと譲ってあげたり、何人か譲った後は譲らなかったり、なんとなくこう息を合わせているというか加減があるようで。

ところで、ここにその加減の分からない外国人がひとり。

あとひとりと言うところで、ちょいちょい割り込まれてなかなか自分の番にならない。割り込む人はホントにさらさら~っときてゴメンネ~って感じでちょいとお勘定しちゃうので、既に私が何人も何人も割り込まれていることが分からないのよね。
別に外国人だからいじわるされているワケではないのはすぐに分かりました。
だって、しばらくしたらうしろにならんでいたおばちゃんたちが、私の前に入った人に声かけてしたらそのひとが私のカゴを手に取り、続けて割り込もうとした人を停めてくれて、このひと先にお会計してあげて~みたいな雰囲気に。なんていいひとたちだ!!
まあ、私が済まないと自分の番にならないってのもあると思うけどね!
後で、このことをガイドさんに話すと、まだ外国人が割とめずらしいこともあって、困っている旅行者がいたりすると我先に話しかけたり手助けしようとするふうがあるようです。それはなかなかよいことだ。でも悪い人と区別がつきにくいのが難点。
食品フロアでのお買い上げ合計は6,600チャット。

スーパーでもやはり小銭は不足しているようで、細かいお釣りが出るお客さんにはキャッシャーさんが、ジャムとかアメとか見せて、選んだ物を代わりに渡しているようでした。
でもぜんぜんないってワケではなくて、外国人の私にはきっちりかっちりお釣りくれた・・・・・・現地の人とかのが小銭必要だろうにね。

ここでのお買い物のお値段について、今改めて考えてみた。
合計で12,100チャット、日本円にして1,500円くらいですか。
スーパーにいたときは客層について割と庶民的?とか思ったんですけど。根拠は服装とあと、入口に天秤担いだ物売りの人なんかも居て、スーパーで買い物した人がその人からもなんか買ったりもしてたし、だいたいみんな徒歩で行き帰りしてたしってくらいだが。
でも調べたらミャンマーの平均月収って1万円以下なんだよね~。そう考えると高級なのかも。
でも内訳覚えてないから不明なんだが、せっけん(マレーシア製)・弁当箱(タイ製)とか輸入品が他に比べて桁外れに高かった可能性もあるので何とも。
ああもっときちんと控えておけば良かったー!実際のところどうなんでしょう?


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スーパーでのお買いものを終えて、適当にそのあたりをブラブラしてみます。ガイドさんとの待ち合わせ時間から言うと、もう30分くらいしかありませんけれども。
ガイドさんと待ち合わせはパノラマホテルなので、そのあたりをぐるっと。ルビーマートはこのホテルのすぐ隣でした。このホテルとか泊まるのに便利そうだと思います。
事前にガイドさんと地図を見て、このあたりを歩いたらよいのでは?とお勧めされていたルートがあったのだけれど、時間が足りなさそうなので少し小回りにして少し路地に入ってみることにしました。ガイドさんからひとつ言い渡されたのは「大きな道路は決して渡るな」と言うことでした。当時のヤンゴン、信号が見当たりませんでした・・・・・・。
そんなすんごいびゅんびゅん車通ってるわけでもないんだけれど、それがかえって危ないのかも知れん。なんかアホほど車とバイクが走っているホーチミンとかは逆にそれなりにリズムみたいなものがあったけど。

ここから写真つづき。
 
ちょっとだけ裏通り。だいたい一階が店舗になっていて上が集合住宅・・・・・・と言うパターン。路駐がすごい。出るのも入るのもたいへんそうだ~。
お店とかちょっと近付いてみたかったけど近づけなかった。←チキン
まあ現金をあんまり持っていないと(スーパーで結構使い切り)、お店は見づらいよね。200%頭から冷やかしというのはちょっと度胸が。
お、なんか美容院かエステサロンっぽいものも!
あとアンテナと電線がすごくてなにがどうなっているのだろうか。
お水の配達のようなのも見かけた。水買ったり車が結構あったり、まあまあお金持ちっぽい感じなのかも知れないな、こういう集合住宅。分譲か賃貸かは不明。
 
大きい通りに出ると屋台や露店が。
屋台はお昼時なのでだいぶ賑わっている感じでした。椅子がチープでかわいいので気に入っている写真。いちばん右は屋台ではなくきちんとした建物のお店。何のお店か分からないんだけれど、なにかたからくじ的なものかなあと推測。
 
おおっとここで道路を渡ろうとしているひとびとを発見!
折角なので渡りきるまで観察。そんなにたくさん車は来ないんだけれど、信号がないのと結構とばしてるのと車線がきちんとしていないので、車の動きが読みづらい。
これは渡りづらそうだ・・・・・・。

どこからともなく道路を渡りたい人がぱらぱら集まって、このくらいの人数になったところでタイミングを見て一斉に渡っていました。
傘さしてる人がいますが、私はさしてませんでした。確かにちょこっと雨は降っていたのだけれど、気にならない程度でして。
このくらいの雨でスコールとかに慣れている人々が傘をさすのは意外であった。
 
おっ、ムスリム女性!写真撮ってるのたぶん気付かれてたけどそこまで嫌な顔はされませんでした。と言うより、道路や店の写真を一心不乱に撮っている事自体は不審がられていました。仏教徒の多いミャンマーですが、多民族国家ゆえ違う宗教の人もいます。
まんなかは「電話屋さん」発見!!と撮ったいちまい。
普通の固定電話を軒先から引っ張ってきて、店番のねーさんがストップウォッチで測りながら、規定の料金を徴収するというスタイル。国際電話もかけられるらしい。
今は大丈夫だけど、当時はミャンマーで日本の携帯使えなかったし、インターネットも駄目だから、旅行のスタイルによっては旅行者にも必要だったと思われる。
ミャンマーも携帯電話が普及していっているようだったから、固定電話の普及は半端なままにみんなが携帯持つようになるのかも。そうなるともうこういう風景も見られなくなるワケか。
 手をつないで歩く親子が微笑ましかったので撮った写真とかも。
  
今までの写真でも、鋪道の舗装とか側溝のフタとかメキメキだったのは映っていたと思いますが、このように大破している箇所も多数ありました。
パン屋さんの前とかもうすごいし。つーか全壊してたところにお店の人が店に入れるようにちょっとだけ自前で直したんじゃ?と言う感じすらする。
街灯もないし建物はあるけど結局夜は停電多いみたいだし、夜の街歩きは治安以前の問題としてかなり危険だなあと思いました。
絶対こけるか溝にはまるかするだろうよ。
今はちょっとは改善してたりするのかなあ。道路事情とか電気事情とか。
 
右の写真、今改めて見ると、当時ヤンゴンの若者の間では「チェックのシャツ、パネエ!」みたいな風潮があったのかなあとか思わしめる。若者がシャツの裾を出したがるのは万国共通のようで。一定年齢以上の人とかお仕事中の人とかはロンジーの中にしまっていた気がする。
高架道路のはしっこは一応鋪道なのだろうか?なんか狭いし落ちそうだし怖い!

僅か30分ほどの間にアホほど写真を撮りましたです。楽しかった~。
ガイドさんと合流して食事に向かう予定なのですが、あんまり食べられる気がしない・・・・・・。

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この後は遅めの昼食の予定でしたが、ガイドさんがまだ時間ある!つーことで、ちょっとだけ観光。車窓観光+αみたいな。

スーレーパヤーのあるロータリーで車を降りて写真など。
 
このあたりが街の中心地と言うことになろうかと。
なので、初日に訪れたシュエダゴン・パヤーよりも、ヤンゴンっ子的にはこちらのパヤーの方が馴染みがあるようです。観光客も少ないみたいだし。
ロータリーのどまんなかがパヤーです。周囲ぐるりは商店街になっている模様。時間があればこのパヤーものぞいてみたかったなあ。

これは たぶん左が市庁舎で、右が・・・・・・ロータリーから少しだけ離れた裁判所だったと思う。いかんせんメモがない!!
市庁舎が修復中なのがお分かりになると思います。植民地時代の建物だそうですが、裁判所とかも同じくで、このようにきれいにされる予定らしく。
個人的にはきれいになる前に見れてラッキーかなあと思いました。
ところで「地球の歩き方ミャンマー'11-'12」の地図によるとこの裁判所は「最高裁判所」になってますが、ネーピドー(一応現首都)とヤンゴン(旧首都)の関係ってどんなもんなんでしょう。

左は裁判所の隣の教会だと思う。メモ取れてないし、地球の歩き方には地図に教会のマークがあるのみなので、どういう教会か忘れてしまった・・・・・・。
乗り合いトラックが映っています。日産やスズキのトラックが多かったです。
まんなかは中央電話局、かなー?これも今は白亜に修繕されてしまっていたりするのだろうか。グーグルストリートビューとか見たら分かるかも知れないなあ。余談だけれどもアレ、海外で泊まるホテルの周囲の雰囲気とか確認したいときに便利ですね。
右に至ってはなにかのオベリスクちっくなものだけれど、覚えてないし、地図にもそれらしきものが載っていないので何か分からん!!
分かる方、教えてください!!←旅行ブログであまり見かけない
イヤもうちょっと自力で何とか・・・・・・写真と記憶からどこからどっちのほう向いて撮った物か思い出そうぜ?もうちょっと地図見てみようぜ?・・・・・・もしかしたら、独立記念碑?・・・・・・それで正解のようです!!歩き方欄外に写真発見!!
 
ランドマークも良いですが、なんつーかこういうちょっと雑然とした感じが見られたのも面白くて。ロータリーのどまんなかで故障して停まっている車とか・・・・・・意外にも旅行中に故障で立ち往生している車見たのはコレいっかいだけでしたけど。
短時間でぱぱっといろいろ見せてくれてたすかりました。
しかし、このエントリーを書くために改めて地図など見ていると、またヤンゴンも行きたいかなあとか思います。いろいろ変わっているだろうし。駅とか川沿いの雰囲気とか見てないしなあ。
最近高級ホテルはちょっとしたテロとかもあったみたいなので、利便性の高い中級ホテルあたりに泊まって~とか妄想。イヤでもやっぱちょっとてかテロはかなり怖い。

そんで昼食は中華料理でした。
店の前で撮った写真見たら「ORIENTAL HOUSE」ってところのようです。

点心だったんだがやはり故か器の底にたまる脂・・・・・・。
案の定、あまり食べられませんでした。味は今までの料理も含めて決して悪くないしむしろいいものもたくさんあったのですけれどね。脂が駄目だったと当時は思っていたけど、熱中症になったことも鑑みてそもそも体調良くなかったのかもなので、元気だったらもうちょっと受け付けたかも知れないので、本当に残念です。
観光客ばっかみたいな感じかな?と思ったけど、なんかそうでもない感じの店で。ちょっと高級ではあると思うけれど、ガイドさん曰く結構人気のお店らしいす。

これでいよいよ空港へと車は向かいます。

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車は名残惜しい気持ちとは裏腹に滞りなく空港到着。
搭乗手続きが終わるまでガイドさん待っててくれました。
またー!絶対来ますー!とか来てくださいねー!とかガイドさんつけた旅行ではありがちなやり取りを。実際なかなか来れないことはお互い分かってるんですけど、言ってるときは結構本気なんですってばこのやり取り!
(未だ二度同じ国を訪れていない実績持ち。)
 
ガイドさんがそこらの人に頼んでくれて撮った写真。二人ともめっちゃ笑顔。
今回、年の近い同性と言うこともあって話も弾んで本当に楽しかった!
チップといっしょに、なかなかミャンマーでは入手困難なのでは?と勝手に推測して持ってきた四字熟語辞典とか差し上げたら非常に喜んでくださいました。
でも最初っからガイドさんが女性だと分かっていればネイルシールとかにしたのにな~。
保安検査終わってもまだガラス張りで出発フロアが見えたので、お互い見える間ずっと手を振りました。ああ去り難い。


到着したときはなんか建物きれいだけどしょぼいつーか寂しい空港かな~と思ってたんですけど。 設備はきちんとしてます。

雑貨屋さんとか結構あってちょこっとお買い物してしまった。空港価格でもそこまで高い感じはしなかったです。漆器の小物入れが数ドルとか。
でも飲食店は見かけなかったような。日本円で数千円くらいする民芸品なんだけど造りとかすんごいしっかりしてるバッグとかもありました。あと宝石類。ルビーたくさんあって心惹かれたけれど、もう現金がない。あ、天然石のブレスレットとかは安かったです。
2011年当時は空港ですらクレジットカードは使えませんでした。今は使えるのかなあ?
葉巻は弟(喫煙者)への嫌がらせ土産です・・・・・・普通に吸ってたけど。

あの中華料理屋のような建物が国内線ターミナル。今もそのままなのだろうか。
飛行機は雨期の曇り空の中離陸、ヤンゴンを離れていきます。さらばまた会う日まで~。

シンガポールで乗り継ぎ。
ちょっとお店などのぞいてみようかと思っていたけれど、疲れているし、シャワーも浴びれていなくてなんだかドロドロ感があったので、なんとなくピカピカしたお店に気後れしたのもあって、何時間かあったけどぼんやり座って過ごす。家にちょっと電話入れたくらい。
ミャンマーでは携帯使えなかったので、一度も連絡入れてなかったのです。シンガポールまで帰ったのでほぼ確実に無事に帰れると思うとか話したな。
完全にミャンマー危険とか思っている人目線の話し方ですね。
相変わらずお腹も空かないので腹ごしらえの必要もないし・・・・・・。

さて、シンガポール航空機に搭乗。これで翌朝には羽田です。
夜食を食べて寝て、起きて朝食を食べたら羽田でした。東京土産も仕入れるつもりでしたが、もうなんか疲れ果てており、これまた、みかん王国行きの便までぼんやり座って過ごしました。
何故かリフレッシュに海外へ行きボロボロに疲れ果てて帰るというアホなことをやりましたが、行って後悔はありません。よかったですよ、ミャンマー。

さて、私が旅した2011年というのは一応まだ軍事政権下にあったワケですが、いち旅行者から見たミャンマーはなんかそれでも悪くないじゃん?みたいな雰囲気でした。
まあ数日滞在しただけで語れる話題でもないんですけど。軍事政権がバリバリに取り締まっているので、軽犯罪とかそういう面での治安は良いというのはいろいろなところで見たご意見。
確かに一部のお偉いさんだけが不当に私腹を肥やしている・・・・・・とかはあるのかもしれないし、貧しい人もいるのかもしれないけれど、割と教育とか行き渡っている感じがありました。農村のひとの子供も都会で大学に行っているとか、義務教育に力を入れているとか。伝統工芸を保護するプログラムを作っているとか、遺跡の世界遺産登録を目指してみたりとか・・・・・・なんかこう、「軍事政権」という言葉の印象だけでは量れないことの断片を見聞きしたり。
そういうこともあったので、この後の民主化への動きも軍事政権側の選択的なものもあったのではないかと私は思うのです。何も自分たちの権力を守るために軍事政権を維持していたわけではなく、普通に国のことを考えながらやっていた面もあるんじゃないかなと。
まあ、独裁者ですら初めから国を悪い方へ持って行こうとか思ってないでしょうけれど。
庶民は自分たちを幸せにしてくれさえすれば、指導者が誰であれいいと思うのですよね。むしろ自分に責任のない独裁とかそういうのは気楽かもしんない。民主主義は有権者ひとりひとりに責任もありますもん。このあたりはまあこのへんでも言いたい放題言ったしもう割愛。
ミャンマーに流れる時間と日本に流れる時間の違いとか、多民族国家ミャンマーに思うこともこのあたりとかこのあたりで語ってみたのでよしとする。

さて、でじゃあ何書こうか?って思ったんだけど、最近ミャンマーに関するニュースを見聞きしたり、私の買ってる旅行雑誌「TRANSIT」でミャンマーが特集されたり、そんなのから最近のミャンマーについて思ったこととか。

ちょっと前(2013年前半だったか)にヤンゴンのホテルで、ちょっとしたものだけれど爆発があったとニュースがあり、死者は出なかったもののやっぱりそれはテロだったようです。
最初、ヤンゴンの高級ホテルでと言うのは意外に思いました。私が訪れたときはミャンマーの人々の外国に対する思いというのは概ね好意的で、そして、規制がある故に多大なる憧れを持っている・・・・・・そういう印象が大きかったです。
国内の空港でもミャンマー人に対するセキュリティチェックが厳しかったのは、どちらかというとテロなどがあるとすれば、それは「少数民族のビルマ族に対する攻撃」を警戒している感じでした。でもこの高級ホテルでの爆弾テロというのは明らかに外国人狙いとしか思えない。
どういうことやねんと思ってその後のニュースなど追っていると、急速に外国企業が進出するヤンゴンにおいて、そのことで不利益を被ったり物価や地価の高騰に困ったりする人が増えてきて、排他的思想を持つひとびとが出てきていると言うことでした。
うーん、これは・・・・・・と。
軍事政権によっていろいろなことが規制されていた、っつーことはそのぶん、保護もされていたということなのだと思うのです。もちろん、民主化運動を主導していた教養ある方々はそういうこともある程度は予想していたかもしんないけど、そうでない一般大衆は「資本経済化・民主主義化」にこんなダークな面があるとは予想だにしていなかったと思います。
極端な話、民主化したら何もかもが今より良くなって、何も努力とかしなくても自然に他の先進国みたいに豊かになれる・・・・・・と根拠のない期待感を持っていたのではないでしょうか。
民主的に民衆の望む方向に転換を図った結果として起こったことに、政治的ではなく暴力的な手段で異を唱えるっていう行動がなんかそういうことを物語っている気がする。
なんかもうちょっと高尚に経済面の話でそういうことまとめてるコラムを見かけた気もするけど、どこだか忘れてしまった。ミャンマー人は自由になることで競争に晒されるという自覚を持たなければ生き残っていけないとかそんな。
諸外国には最後のフロンティアとか言われちゃってるワケですけど、このままでは自由競争と言ういたって「正しい」手続きで、かつて欧州諸国がインドシナ半島を植民地にしたようにミャンマーは蹂躙されてしまうのかもしれない。そんなふうにはなって欲しくないなあ・・・・・・。
あと、軽犯罪的な面でも治安が悪化しつつあるとか好ましくない話題も耳にしたり。
 
ちょっと話が逸れるけど、今アラブの独裁国家とかでどんどん民主化の動きが高まってそれがなんだか収拾のつかないことにまでなっています。しかし、独裁者が独裁者となったのはその過程においてそのひとに求心力とそれなりの実力があったからで、ある程度の功績もあったのではないかと思う。そんで、確かに政治の腐敗とかもあったのだろうけれど、タイミング的に誰がやってもうまくいかなくなってた時期が来て、そのとき政治が独裁だったから反乱になっちゃった・・・・・・と言うのはあるのかもしれないなあと思ったりするんです。
まあ独裁者=全責任を自分が負わねばならないってのはあるから当たり前だとも思うけど。
民主資本主義国家がみんな経済的な危機とか乗り切れてるかっつーたらそうでもないし。ギリシャなんて、社内改革しないといけないのに労働者の利権にこだわる労組のせいで改革が進まず赤字化が進み結局労働者も困るのにバカじゃないのっていう大会社みたいに、もう国家が経済的に破綻してますって明らかなのに緊縮財政をスローガンにすると選挙に落ちるとか、民衆がバカなんじゃもうどうにもならねーんじゃねーかと思わず言ってしまいたくなる状況になったりしてたし。結局アレって再選挙で緊縮財政側が政権とったんでしたっけ?所詮よそのことなので忘れてしまった・・・・・・。
まあ自分もかつて民主主義的に世界の大国にケンカを売った過去を持つ国の民ですし。

だからなあ、なんだかもやもや。
資本主義的・民主主義的な世界だけが正解じゃないんじゃないかなあとか、そうでない国の人がそういうものに過剰に期待を寄せることとか、そういう気持ちを利用して自分が権力の座に着こうとしている人もいたりするんじゃないかなあとか・・・・・・なんか考えがまとまらない。
まあ、誰に言うでもないですけど、自分たちの属する世界の正義をどこにでも押しつけるのは良くないかなあと思うですよ。それは国と国とか大きな話だけではなく、個人対個人の関係でもそういうふうに思いたいです。なかなかいざそういう場面になるとうまくいかないけど・・・・・・。(自分の意見を押しつけがち。)
一時期、グローバルスタンダードなんて言葉が流行りましたけれど、スタンダードをグローバルにしちゃうことではあんまり得られるものはないのかなあと思うわたくしです。イヤもちろんグローバルにした方が良いスタンダードもあるだろうけれど、何でもって言うのはちょっと。

まあそんなこんな、まとまりのつかないままにミャンマー旅行記、これにておしまいです。
変わっていくミャンマー、是非再び訪れてみたい国です。

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チェコ旅行(2014/2)の準備の調べ物中に何気にANAマイレージクラブからのメールを見てぎょっとしたのが事の発端です。
ウゲッ、2月末に3,000マイル失効だと!?
あかんと思って久々にログインして確認したところ、続いて6月末には更に5,000マイル失効するらしい。えーいやーそれはちょっとぉー。スカイコインへの交換は特典航空券に比べるとイマイチ損する感じだし、どうすべきか……取り敢えず、帰ってから考えよう!

そんでチェコ旅行から帰ってきたものの、この前休んだばっかなので公休の希望すら出しづらい中、このマイル失効にいかに対応すべきか悩みました。
国際線の日付指定のない特典航空券を発券してしまおうか(コレこの3月末でできなくなるらしいね)とも思ったのですが、秋にはスペインに行こうと狙っているので、それ以外で休めるかどうか甚だ怪しい。しかし国内線は2ヶ月先までしか予約できない。
4月は今の部署にいない可能性もあるから先行して予定立てられないし、2月中に休みの希望出すのはちょっと……とか思ってたら、元々休みだった日に打ち合わせが入って出社しなければならなくなり、その代休が取れることになりました。3月も序盤なら希望を出しやすい。
……月末28日に代休を使い、1・2日を休んでしまおう!!
そんなワケで迅速に休暇を申請し、行き先を決める段になって、みかん王国から全日空の直行便があるのは、羽田・伊丹・那覇の三択しか無いと気付き、それならば行ったことのない沖縄に行ってみるかと、そんなワケの沖縄旅行。一応、メインの目的は今が旬と言うことらしいのでホエールウォッチングをすることにしました。あとちょっとドライブでもするか。
直前で土日が天気悪いかも~ってことになったので、2日目にドライブするつもりだったのを1日目に変更。前日深夜にレンタカーを予約する行き当たりばったり加減です。
ホテルは那覇市内の安ビジネスに2泊。ホテルは楽天ポイントで支払にして今回はなんとなくウハウハタダ旅行気分を満喫することにしました。
1日目お昼過ぎに到着、3日目お昼頃に出発と言うプチ旅行。

さて当日。前日、アフター懇親会有りの日帰り出張、しかも帰りは二時間車を運転したと言うこともあり、ヨレヨレのボロボロです。ねっむい……あー私なんで旅行とかしようと思ったのでしょうか。全然テンションが上がりません。←毎度
空港でヨボヨボとホットケーキを食べていたら、隣のテーブルのご一行が「先生」と呼ばれる中年男性と、他何人かの男性だったのですが、せんせーって士のつく仕事だろうか、それとも大学関係だろうか、とか思っていたのですが、食事が終わったらどうやら飛行機に乗るのは先生だけで他の人はわざわざ数人がかりで空港に見送りにだけ来ていたことが分かり、挙げ句、立ち上がるやいなや「先生」の荷物を皆が運び出す始末だったので、議員先生かなって思ったのだけれど結局どうだったのだろうか。もう沖縄旅行関係無いやん。
飛行機に乗ったら乗ったで、乗った瞬間、命の次に大事な眼鏡を忘れたことに気付きました。日数分+αコンタクトレンズ持ってるからなんとかなるけど、不運にして深夜にホテル火災にでも遭おうものなら生き残れないな……とか思いました。
関係無いけど、飛行機の非常時の案内を見ていると、非常脱出用のスライド・シュートを使うときは眼鏡NGって出てるんですよね。でもたぶん眼鏡無しに脱出したら私、そこが海の上でも滑走路でも地面でも横で飛行機が燃えてたりしたら絶対死ねると思うので悪いけど眼鏡は外さないと思います。
そんなことを思いつつ、ウトウトしていたら、後ろの席がお子様で、安定飛行に入るや否やテーブルを出したりしまったり出したりしまったりしはじめ、その上、座席をどんどこ蹴り飛ばしてみたり、そのお子様にはテーブルがドラムか何かに見えたらしくどんどこ叩き始めたり、親は全然とめないし、その上、立ち上がって後ろから私の頭を触りやがりました。
ああ最悪だ。私は何をしに今飛行機に乗っているのだろうか。
もう1回頭を触られたら振り返って文句の一つも言ってやると腹を決めたら、その後は触られることもなく、無事ドライブに備えて睡眠を取ることが出来ました。
でも、アンタこの前、飛行機で眠り続けて耳抜きがうまくできなくて航空性中耳炎になってたんだけどね!!しかし背に腹はかえられん。車で事故って死ぬリスクに比べれば。
ああ我ながら南国にバカンスに行こうとする人間とは思えない心持ち。まあ、国内の沖縄ですらひとりで行こうとしている時点で人柄を推して測るべし。

さて、しばしウトウトして目を覚ますと、窓の外には鮮やかなブルーの海が!!
おきなわぁぁぁぁぁぁ!!!!
一気にテンション上がりました。やっべ来ちゃったよ沖縄!!
そわそわと着陸を待ち、そわそわと駐機場到着を待ち、そわそわと降機を待ち、そわそわとタラップを降りる。日差しつよい!暑い!!沖縄だぁぁぁぁぁ!
ところで、タラップの降り口で少し前が詰まって待っていたら、ひとりなのに余程うれしそうな顔でもしていたのか、CAさんに「暑いですね~」とか話しかけられてしまった。
(ちなみに滞在中の気温は大体20-25度くらいでした。)
到着フロアへのバスは冷房がきいていて運転手さんは半袖なんか着ちゃってます。夏だ!海だ!バカンスだぁぁぁぁ!!!←遅い
預け荷物もないので早々に到着フロアへ。雰囲気もなんか、何がどうってワケでもないんだけれど、何かがどことなく東南アジアテイストに感じられます。
レンタカー屋の迎えの車が来ているところまで移動。プロ野球球団を歓迎する旗がたくさんあるのが印象的でした。そうかキャンプやってんのか。空港外の営業所までバスで運ばれる。
当然ながら私以外はみんな夫婦とかお友達どうしとかでした。んー……なんかある意味で、海外のおひとり様より国内のおひとり様のが気になるような。
もっと待つかなと思ったんだけれど、平日なせいもあってか割とサクサク手続きできました。レンタカーとかもっと面倒なものかと思っていたよ。(今回が初めて。)
軽で予約していたのですが返却が遅れているとかでコンパクトカー(ヴィッツ)になりました。ここ何年か軽しか運転していなかったけど、昨日プロボックスで2時間高速走った後だったので大丈夫かなって思えたので、出張ナイスタイミングだったかもな。

イヤしかし、知らない道を走るのはちょっと緊張感あるけど、歩きで知らないところ歩くのといっしょでわくわくするな!レンタカーいいかも!!
ひとつだけ失策がありました。カーナビにiPhoneつなぐにはオーディオケーブル持参しないといけなかったみたいで。音楽きけにゃい……。ドライブにはやっぱ音楽でしょー。
あと、ETCカード1年近く使って無くて。いざ使おうとしたらリーダーで読み取れないとか言われちゃった。一瞬焦ったけど、あ、別に普通に現金で払えばいいのか、と気付きました。慣れって恐ろしい。それではレッツ・ドライブ~。海中道路を通って浜比嘉島を目指します。

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